Dear

松川朋奈

2023年10⽉7⽇(土) - 12⽉2⽇(土)

KOTARO NUKAGA(天王洲)

KOTARO NUKAGA(天王洲)では、10月7日(土)から12月2日(土)まで、松川朋奈による展覧会「Dear」を開催いたします。本展は、国内外の美術館やギャラリーで展示を重ね、写実的なスタイルで現代に生きる女性を取り巻く社会の構造的な問題にアプローチする画家、松川のKOTARO NUKAGAでの初の個展となります。

松川の描く作品に通奏低音のように流れる制作姿勢は、同世代の女性たちへの丹念なインタビューであり、彼女たちとの会話から印象に残ったフレーズやエピソードがタイトルやモチーフとして選ばれます。作品を構成するこれらの要素は写実的に画面に展開される一方で、匿名性によって高度に抽象化されており、一個人の人生のストーリーは鑑賞者を含めた女性たち全体のストーリーへと転換されていくのです。

本展「Dear」にむけて松川がフォーカスしたのは、自身もその年齢に達した30代半ば前後の女性たちとの対話です。これまでの展覧会では、社会・男性・家族や子どもといった他者による女性たちへの眼差しに係わる作品を発表してきたのに対し、本展では他者による価値判断から解放され、自分を軸として生きていこうとする女性たちの姿が描かれています。これらの作品群は、現在の彼女たちから過去・未来の自分自身に向けた親密なメッセージのようなものだと松川は述べます。

ジェンダーの意味にまつわる現代のフェミニズムの議論は、たいていの場合、何らかのトラブルの感覚に行きついてしまう

という書き出しから始まるジュティス・バトラー(Judith Butler)の重要な著作『ジェンダー・トラブル: フェミニズムとアイデンティティの攪乱』は1990年に執筆され、西洋の白人男性が自らを主体とし、作り上げてきた規範(システム)に揺さぶりをかけました。本書はその後、男女の性差のみならず、非西洋の男性、有色人種にいたる様々なアイデンティティと権力構造の問題に強烈な問いを投げかけるものとなりました。それまで、盲目的に信じられていた女と男の弁別が身体の自然に根ざすという本質論は覆され、言説によって構築される、つまり権力による表象によって構築された「ジェンダー」という性の非対称性についての問い直しが行われてきました。その中で示されたことは、

もしもジェンダーという不動の概念が、もはやフェミニズムの政治の基盤とならないなら、ジェンダーやアイデンティティの物象化に異議申し立てるには、新しい種類のフェミニズムの政治が求められるべきで、そこでは、アイデンティティの可変的な構築が、政治目標でないにしても、方法論と基準設定の二点において必要条件とされるべきである。

という「可変的なアイデンティティ」の必要性についてでした。安定した主体を提示すべきだという表象/代表の政治的要請を背景に主体たるアイデンティティを確立してきた「男」に対し、同じように「女」という一般に共有できる概念を確立するのではなく、それを捨て去り「女」とは常に「他者」として、アイデンティティの政治に必然的な限界があるということを示す権力構造に対して「トラブル」という存在であることの重要性がその中で示されたことでした。

今回松川が取材した女性たちの年齢は、若さに対する異性からの視線、結婚や出産、家族や仕事といった女性特有の社会的な問題との距離感に変化が起き、ジェンダーに関わるアイデンティティの変化を感じる時期、つまり「人生が変わる時」であり、アイデンティティの揺れ動きを女性たちが身をもって感じる時期となります。それぞれのペインティングは彼女たちのリアルな日常がもととなり、揺れ動くアイデンティティを「可変的なアイデンティティ」として捉える松川によって、構成された「ひとつのナラティブ(閉じられていない物語)」として機能します。それはそれぞれの女性たちを主人公とした物語を描いた短編小説であり、展覧会「Dear」は未だ社会に温存されてしまっているアイデンティティの政治に対し、変化の中にいる女性たちをかつて表象された「女」ではなく「ひとりの人の姿」として描き出した短編集として鑑賞者の前にそっと差し出されるのです。

ぜひ、ご高覧ください。

1ジュティス・バトラー『ジェンダー・トラブル:フェミニズムとアイデンティティの攪乱』、竹村和子訳、青土社、2018年、p. 7

2ジュティス・バトラー前掲書(1)、p. 26

開催概要
Dear

アーティスト

松川朋奈

会期

【開催概要】 「Dear」 会期: 2023年10⽉7⽇(土) - 12⽉2⽇(土) 開廊時間: 11:00 ‒ 18:00 (⽕-⼟) ※⽇⽉祝休廊 会場: 東京都品川区東品川1-33-10 TERRADA Art Complex 3F

会場

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