アニー・モリス & イドリス・カーン A Petal Silently Falls – ひとひらの音

2025年10月29日(水)– 12月26日(金)

KOTARO NUKAGA(六本木)、 KOTARO NUKAGA(天王洲)

KOTARO NUKAGAは、2025年10月29日(水)から12月26日(金)まで、アニー・モリスとイドリス・カーンによる二人展「アニー・モリス & イドリス・カーン A Petal Silently Falls – ひとひらの音」を開催します。 

 

ともに1978年にイギリスで生まれたアーティストで、色彩豊かな球体が積み重なる彫刻「Stack」シリーズで知られるモリスと、青やグレーを基調とした静謐な作品が著名なカーン。個人として国際的な評価を確立する二人は、デュオとして共同制作や二人展も開催し、公私ともにパートナーとして歩んできました。本展は、それぞれにとって日本で初めての展覧会となります。 

 

アニー・モリスの代表作「Stack」シリーズは、アーティスト自身の個人的な深い悲しみに向き合うために制作されました。鮮烈で生命力があふれる本作は、モリスが絶望に直面するなかで見出した希望の記念碑と言えるでしょう。 

2022年フランスのシャトー・ラ・コストで開催された展覧会では、同館に設置されたフェミニズム・アーティストの巨匠ルイーズ・ブルジョワの作品《うずくまる蜘蛛》と向き合う形で展示された数々の「Stack」が多くの鑑賞者の心を惹きつけ、高く評価されています。 

 

イドリス・カーンはパキスタン系の父・イギリス人の母を持ち、コーランの詩句や写真を幾重にも重ねて時間の堆積や記憶の複雑さを視覚化するアーティスト。活動初期の2008年に20世紀美術の珠玉のコレクションで知られるドイツ・デュッセルドルフの美術館K20で個展を開催し、2016年には大規模な戦没者記念モニュメントをアブダビ政府からの依頼を受けてデザインし設置。2026年春にはオバマ財団から依頼を受けた作品発表が予定されるなど、現在に至るまで精力的に活動し、2017年には芸術への貢献を認められ大英帝国勲章(OBE)を受勲しました。 

 

本展では、KOTARO NUKAGA(六本木)と KOTARO NUKAGA(天王洲)にて アニー・モリスとイドリス・カーンの作品を展示します。二人がそれぞれに歩んだ芸術的実践の道のりと、奥底に秘めた共鳴をぜひご体感いただければ幸いです。  

 

以下に、文化研究者・実践女子大学准教授で、ロンドン芸術大学トランスナショナルアート研究センター博士研究員を歴任し、著作『現代美術史 欧米、日本、トランスナショナル』(中央公論新社、2019)で知られる山本浩貴氏による本展にむけたテキストを紹介します。 

Courtesy of Josh Shinner, 2021
Courtesy of Josh Shinner, 2021
(Right) Annie Morris, "Stack 3, Cobalt Turquoise", 2025. Courtesy the artist, Photographer: Stephen White & Co (Left) Idris Khan, "The shadow of water", 2025. Courtesy the artist, Photographer: Stephen White & Co

モリスとカーンはお互いにとって、かけがえのない私的パートナーでもあり、2人の子どもと一緒にイギリスで暮らす。本展が示すのは、それぞれに敬意を抱く両者の芸術が生成する響き合いだ。とはいえ、彼らの作品が紡ぎ出す共鳴は外見上ではわかりにくい、さらに深くて無形のものである。

 

モリスは、執拗なまでに色と形を探求する作家である。その彫刻は大胆な色彩と形態の組み合わせが構成する、きわめて忘れがたい外観を呈する。彼女は毎日、何百枚ものスケッチを描く習慣をもつ。日々繰り返される即興的な線の実験はドローイングだけでなく、布と刺繍糸を用いたタペストリー作品に結実する。

 

カーンの作品も、マルチ・メディア的な性質を帯びる。それらの作品に共通して流れるのは、一見するとモリス作品とは対極の静謐で思索的な雰囲気である。彼の写真・絵画・彫刻は非常に緻密に構成され、それゆえに際立った洗練を示す。美術に加え音楽・文学・宗教を含む幅広い文献を渉猟するカーンの芸術は、多数の文化的参照項を包含する。

 

このように、モリスとカーンが依拠するインスピレーション源は大きく異なる。それゆえに彼らの芸術的探究は、このうえなく隔たっている。しかし、両者の実践には明確な概念的共通性が存在する。さらに、2人の作品を結びつける共有された歴史もある。

 

モリスは地元ロンドンのスレード美術学校の大学院を修了しているが、その前にパリ国立高等美術学校で、イタリア発の芸術運動「アルテ・ポーヴェラ」を代表する作家ジュゼッペ・ペノーネに師事した。モリスの「Stack」シリーズは、自然素材の大胆な使用に特徴があるペノーネの作風との興味深い類似も感じさせる。このシリーズは不規則な球体を縦に積み重ねた彫刻作品から構成され、その着想には彼女が体験した深い悲しみがある。

 

2011年、モリスは最初の子どもを死産で失った。当然、この出来事はカーンと共有された物語の一部だ。その悲しみと対峙するなかで、モリスは卵や妊婦の腹部を想起させるドローイングを繰り返し描いた。「Stack」シリーズの彫刻は、このときのドローイングに起源をもつ。ゆえに破局的な感情に由来し、不安定な均衡のなかで成立するのだ。しかしモリスによれば、この作品は徐々に予測不可能で脆弱な生を肯定するものへと変化した。そして今では、失われた者たちを記憶する営みの象徴となっている。

 

カーンはパキスタン出身のイスラム教徒である父とウェールズ出身のキリスト教徒である母をもち、きわめて多文化的な環境で成長した。彼はダービー大学で写真を学び、ロイヤル・カレッジ・オブ・アートで修士号を取得。彼の「After」シリーズは、美術史上の名作を独自に再解釈するなかで作られる。その際、とりわけカーンが重視するのが色彩の要素である。本展の中心をなす《After the Reflection》(2025)で取り上げられるのは、パリのオランジュリー美術館に所蔵されるクロード・モネの《緑の反射》。晩年のモネによって描かれた睡蓮のシリーズで、深い青緑の水面から花や葉が浮かび上がる名画と誉れ高い。

 

「After」シリーズは、時間の経過のなかで生成される人の知覚や記憶のメカニズムにせまる。モネの作品を構成する色彩を精緻に分析し、それらを多層的に重ね合わせる解体と再構成の反復を通して、私たちが絵画を認識し想起するときの心的作用を再考することを促す。このシリーズが示唆するように、カーンの芸術は「反復」と「多層化」が重要な鍵概念となる。もうひとつの鍵概念は「時間」だ。「After」シリーズでは、鑑賞という営みに流れる時間が解体と再構成を通じた分析にかけられる。

 

「時間」を通じた「反復」と「多層化」はカーンの芸術実践を貫く関心だが、初期作品と本展の《After the Reflection》を比べると微妙な(しかし、重要な)変化も見られる。初期は既存のイメージを重ね合わせることで、新しい視覚的なイメージを創出することに焦点があった。そのイメージは単なる総和ではなく、ある普遍的な形態を帯びる。一方で《After the Reflection》では、既存のイメージは音符という聴覚に訴える符号へと変換される。これらの音符が生成する楽譜は、カーンのエモーショナルな反応に共鳴するように慎重に選択されている。その核は維持しつつ、カーンの作風は変化を遂げているのだ。

 

カーンの立体作品《Overture》(2015)は「‘chant-like’ process」という独自のメソッドを用いて作られたが、その背景には自身の子どもの喪失、さらに同時期に起きた自身の母親の喪失という幾重にも連なる悲しみに耐える必要性があった。モリスの「Stack」シリーズも、喪失の経験に立脚していることは先述の通りだ。いずれも、それぞれのやり方で辛い経験を芸術へと昇華したからこそ、両者の作品は深い響き合いを示す。

 

本展の出展作にはないが、モリスとカーンには実際、いくつかのコラボレーション作品がある。そうした実践にも両者の芸術上の関心における接続は見られるが、より根源的な響き合いが、それぞれの作品を丁寧に眺めることで看取される。ゆえに本展では、じっくりと時間をかけて2人の作品を鑑賞してほしい。そうすることで、両者の芸術のあいだに存在する、このうえないほど深部で発生する響き合いを体感することができるはずだ。

 

山本浩貴
(文化研究者・実践女子大学准教授)

開催概要
アニー・モリス & イドリス・カーン A Petal Silently Falls – ひとひらの音

アーティスト

会期

会期: 2025年10月29日(水)– 12月26日(金) 開廊時間: 11:30 – 18:00(火 – 土) ※日月祝休廊 オープニングレセプション: 2025年10月29日(水) ※アニー・モリス、イドリス・カーンが在廊いたします。 ※当日17:00頃にKOTARO NUKAGA(天王洲)発、KOTARO NUKAGA(六本木)着のバスをご用意しております。先着順となりますのでご了承ください。

会場