上田暁子、石塚元太良、森本啓太によるグループ展「Worlding − No Oars, No Shore,」がポーラ ミュージアム アネックスで開催

2026年05月14日

この度、上田暁子、石塚元太良、森本啓太によるグループ展「Worlding − No Oars, No Shore,」がポーラ ミュージアム アネックスで2026年6月12日(金)から7月5日(日)まで開催されます。 

本展は、上田暁子、石塚元太良、森本啓太によって、「世界はどのように立ち現れるのか」を出発点に、それぞれ異なる手法で向き合った展覧会です。上田は色彩や形態の変化を通して、像が現れかけては崩れていく過程や、出来事が生まれる瞬間を描き出し、石塚は写真表現を基点に、光や素材の扱いを拡張しながら、時間や空間が重なり合う感覚を提示します。森本は古典絵画を参照しつつ、都市の日常的な風景を描き、「光」を手がかりに現代の現実と歴史的な奥行きを重ね合わせ、見ることや認識のあり方を問いかけます。 

 

Worlding - No Oars, No Shore,  

一本の紐が揺れている。      

波が生まれ、おりたたまれ、無数の襞になる。折り目のたびに世界が現れる。   

ある世界では色と色がぶつかり、形になろうとしては、ほどける。ある世界では見慣れた街が人工の光に照らされ、ひとつの場所に複数の夜が折り重なっている。またある世界では闇に白いものが浮かび、水面がそれを映し返している。見る者がいてもいなくても、それはそこにある。  

三つの世界は繋がっていない。けれども同じ一本の紐から生まれた。矛盾したまま同じ空間に在るとき、そのあいだに世界が生まれる。そういう生まれ方しか、世界にはない。   

オールもなく、岸もない。   

ただ、波だけがある。  


17世紀の哲学者ライプニッツは、神の知性の内には論理的に矛盾のない無数の世界が存在し、そのうち最も完全性の高い一つが現実化したのだと考えた。私たちが生きるこの現実は、無数にあり得た可能性のうちの、ただ一つにすぎない。18世紀にはブライティンガーがこの構想を芸術の領域に持ち込み、芸術家とは、神が別の選択をしていれば現実化したであろう「可能世界」を、作品という媒体を通じて立ち現れさせる存在であると定義した。アルゴリズムによって個別最適化された現実を私たちが消費するこの時代に、芸術家の営みは、そのもうひとつの世界を能動的に創造する行為として、改めて重みを帯びる。 

本展は、絵画と写真という異なるメディウムを通じて、三つの異なるスケールの可能世界を一つの空間に折り重ねる試みである。上田暁子の絵画は、人間の意識と行為がなければ存在し得なかった、極小の「私」の内部に無限に広がる有機的な世界を提示する。森本啓太は、人工光が闇を染める都市の表面に、複数の場所と時間を接合し、現実のようでいてどこにも存在しない並行世界としての日常を出現させる。石塚元太良の写真は、人間がいようがいまいが存在し続ける、数万年の時間を刻む氷河の壁面、逃げ場のない外部としての地球そのものを切り取る。 

世界が無限の折り目で構成されているとドゥルーズが述べたように、「私」と「都市」と「地球」は、断ち切られたものとしてではなく、襞のように連続して存在している。三者に共通するのは、時間を物質として定着させるという姿勢であり、その営みには身体の介在が不可欠であるという確信である。絵の具の層、フィルムの粒子、印画紙の表面。その物理的な厚みは、時間そのものが折り畳まれた襞にほかならない。 

三つの世界は繋がっていない。しかし、同じ一本の紐から生まれている。矛盾したまま同じ空間に在るとき、そのあいだに、もうひとつの世界が生まれる。 


 

【開催概要】
「Worlding − No Oars, No Shore,」
会期: 2026年6月12日(金)– 7月5日(日)
開廊時間: 11:00 – 19:00(入場は18:30まで) ※会期中無休
入場料: 無料
会場:
ポーラ ミュージアム アネックス
〒104-0061 中央区銀座 1-7-7 ポーラ銀座ビル3階
主催: 株式会社ポーラ・オルビスホールディングス
協力: KOTARO NUKAGA  

URL: https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000067.000069355.html 

「Worlding − No Oars, No Shore,」_flyer

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