Can I Believe in a Fortunate Tomorrow? ー幸せな明日を信じてもよい?ー
2024年11月2日(土)– 2025年1月25日(土)
KOTARO NUKAGA (天王洲)
KOTARO NUKAGA(天王洲)では、2024年11月2日(土)から2025年1月25日(土)まで、マルチメディアアーティストで映像作家としても知られるスプツニ子!(Sputniko!)の展覧会「Can I Believe in a Fortunate Tomorrow? ー幸せな明日を信じてもよい?ー」を開催します。本展は、未発表の新作を含む3シリーズの作品によって構成されており、2009年のアルスエレクトロニカ(オーストリア)への参加以降、メディアアート、テクノロジーの世界を先陣をきって駆け抜けてきたアーティストであるスプツニ子!の仕事を現在進行形で示す展示となっています。
スプツニ子!は、テクノロジーを媒介とすることで社会に存在する二元論的な境界を顕在化・非領域化させる装置・機能・体験をデザインし、それによって、わたしたちの「アタリマエ」や「普通」に囚われた思考を解放させつつ、それらを芸術領域へと昇華させてきました。
テクノロジー、ジェンダー、フェミニズムを、ときには倫理面にまで踏み込むかたちで対象化し、西欧近代の規範とされてきた父権主義のポリティクスに鋭く切り込んできたスプツニ子!は、アイロニーやパロディも駆使しつつ対立構造に亀裂を入れ、その構造の存在自体をわたしたちに示し、わたしたちに新しい視点を提供します。彼女のその姿勢はダナ・ハラウェイ(Donna Jeanne Haraway)が1985年に発表した論文「サイボーグ宣言(原題:A Cyborg Manifesto)」※を萌芽とするサイボーグの思想を受け継いだものと言えるでしょう。
KOTARO NUKAGAでの初めての展示となる本展で、スプツニ子!は、AIを駆使した3つのシリーズ作品を提示し、テクノロジーの介在する未来について再検討を促します。
《Drone in Search for a Four-Leaf Clover》は、昨年金沢21世紀美術館で開催された「DXP(デジタル・トランスフォーメーション・プラネット)―次のインターフェースへ」展で展示され、現在イギリスの著名なデジタルアート・アワードのひとつであるThe Lumen Prize(ルーメン・プライズ)にもノミネートされている国際的にも高評価を得ている作品です。
群生するクローバーの上をドローンがゆっくりと飛行する映像をAIが解析し、「幸せの象徴」とされてきた四つ葉のクローバーを見つけ出すという映像作品ですが、テクノロジーによって大量に発見できるようになった四つ葉のクローバーは、果たしてわたしたちを幸せにしてくれるのでしょうか?
テクノロジーは、かつては人の目で地を這うようにして探すしかなかった四つ葉のクローバーを簡単かつ効率的に発見することを可能にします。その精度とスピードは驚くべきものではありますが、その「進歩」には違和感を覚える部分もあるのではないでしょうか。
《Can I Believe in a Fortunate Tomorrow?》は、「彩雲」、つまり太陽近くの雲が虹のように七色を帯びて見える現象を、AIによってシミュレートした映像作品です。
雲の中の水や氷の粒で光が屈折・散乱することで雲が七色に輝く「彩雲」は、古来「吉兆」と信じられてきました。本作では、流れる雲の映像をAIに画像解析させ、虹色の輝きを合成することで、「彩雲」がシミュレートされています。
映し出される映像は「彩雲」そのもので、見る人を本物の彩雲同様に幸せにする一方、映像自体はといえば、AIによるシミュレーション、つまりある種のフェイク映像とも言える存在であり、本作には、テクノロジーが示す未来の両義性が暗示されています。
《Tech Bro Debates Humanity》では、ふたつのモニターに、さまざまな人類の課題について議論をしつづける2人の男性が映し出されます。この2人は、アーティストであるスプツニ子!の容姿や声音を生成AIモデルによって「白人男性」化し、さらにイーロン・マスクやピーター・ティールなどのいわゆる「Tech Bro」的思考を憑依させたアバター(コミュニケーションを行う分身・キャラクター)です。2人の議論の内容も、全てAIによって生成されています。
最新技術を用いた男装(男性への変身)を扱った作品を、女性が男装して、あるいは男性名で発表するというのは、1990年代以降、マイノリティの社会的身振りとして多くのアーティストの中で見られるようになった実践です。マルチメディアを駆使した複雑なパフォーマンスで知られるローリー・アンダーソン(Laurie Anderson)が、自らの声をヴォコーダーで男性声に変換し、さらに男装したうえで「男性の振る舞い」を大袈裟に見せるパフォーマンス《The Crash》(2010)などもよく知られているところです。
彼らのアイロニー溢れるパロディ化戦略は、対立構造に亀裂を入れて撹乱をさせるものであり、男性の否定のみならず女性の否定でもあり、男女という二項対立構造自体の否定でした。
現代人がキメラ的存在となり、理論的にも実際にも機械と生物が混淆した存在となったこと、つまり我々全員がサイボーグ状態となったことは、ダナ・ハラウェイが80年代なかばに示したとおりです。この指摘は、男/女といったジェンダー二元論の存在の危うさを示したのみならず、人間/非人間という二元論の危うさをも示し、ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョンをめぐるさまざまなアクション/アクティビティを下支えしただけでなく、2020年代なかばの現在、新たに登場した生成AIのような存在と向き合っていくうえでの出発点ともなっています。
現在、テクノロジーについては、「その存在を指摘する」のみのフェーズは遠い過去のものとなり、「誰がいつどのように」が問われるフェーズに入っています。スプツニ子!がアートの世界へと飛び込んだ2000年代には、テクノロジーの世界は多様で脱エスタブリッシュメントな存在を歓迎し、活気に満ちていました。インターネットやオープンソース・コモンズなどのテクノロジーによる民主化が平等な機会創出をもたらし、近代以降に規範とされてきたマッチョな父権資本主義の社会を転覆させるのではないかという未来すら、まったく予感不能ではなかったのがこの時期だったといえましょう。スプツニ子!は、この時期に、ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョンが実装された社会構造の実現という未来も排除することなく、近代以降の社会構造の問題に切り込む作品を世の中に提示し続けてきました。
しかし、2024年現在のシリコンバレーは、西海岸に現れた「Tech Bros」と呼ばれるテクノロジーエリートたちによる男性中心的な構造へと傾倒しています。かつてテクノロジーの未来を支え、リベラルで多様性を受け入れる空気が色濃かったシリコンバレーでさえ、2024年11月のアメリカ大統領選挙において極端な保守であるドナルド・トランプ支持を表明する動きが出てくるというように、政治の急激な保守化が進み、かつてのダイバーシティ・エクイティ&インクルージョンと逆行する動きも進行しています。本展で展示する《Tech Bro Debates Humanity》には、男装によるジェンダーのパロディ化とともに、シリコンバレーが閉ざされたコミュニティで人類の未来を議論し、支配しようとする現状へのアイロニーが込められています。
スプツニ子!が駆け抜けた15年は、自らの大義のもとに対立する相手の権利を奪い取って目的を成し遂げるような支配ではなく、状況を不可視化してしまう支配構造自体を揺さぶって無効化させる非領域化の工作、つまり「アタリマエ」や「普通」という支配構造からの解放を画する試みが行われた時代でした。
本展において、スプツニ子!は最先端の技術を用いながらも、その技術と従属関係を結ぶことなく詩的かつ私的な振る舞いを見せています。それによって、かつてわたしたちが夢見たテクノロジーとのプリミティブな共存という未来の現在位置を示すとともに、その再検討をも促します。
ここに今一度、「わたしたち」はテクノロジーを介在させつつ幸せな未来を目指せるのだろうか? という問いが浮かび上がってきます。ぜひ、ご高覧ください。
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※ダナ・ハラウェイ『サイボーグ・フェミニズム』、トレヴィル、1991年、p.31
ーアーティストステイトメントー
本展「Can I Believe in a Fortunate Tomorrow?(幸せな明日を信じてもよい?)」は、かつてテクノロジーとともに描いた「幸せな未来」の現在地を見つめ直します。
2000年代から2010年代にかけて、インターネットやソーシャルメディアの発展によって思い描かれたユートピア。しかし、2020年代になると、そのユートピアは瞬く間に、誤情報の拡散、不平等の深刻化、そしてそれらに伴う社会の分断といった冷厳な現実へと姿を変えました。この目に見える分断や漠然とした不安は、私の心に重くのしかかっています。
11月上旬に実施されるアメリカ大統領選挙は、こうした分断の現状を鮮明に反映しており、私たちは、テクノロジーがもたらすはずだった「幸せ」や「希望」が今どこにあるのか、再考する必要に迫られています。
効率性や利便性は、本当に私たちの幸せに繋がっているのか?
テクノロジーは、私たちを解放するのか、それとも新たな束縛となるのか?
私たちは、まだ未来を信じることができるのか?
本展を通じて、こうした問いを皆さんとともに考えていければと思います。
最後に、この展覧会にご協力いただいたKOTARO NUKAGAの皆様、クリエイティブパートナーのP.I.C.S.TECH、上野陸さん、キョウダカンジさん、テキスト等にフィードバックをくださった高橋さきのさん、そして私を支えてくれた夫と娘に深く感謝申し上げます。
Sputniko!
アーティスト
会期
会期: 2024年11月2日(土)– 2025年1月25日(土) 開廊時間: 11:00 – 18:00 (火 – 土) ※日月祝休廊 ※11月10日(日)開廊 ※年末年始休廊: 2024年12月27日(金)– 2025年1月6日(月)
会場